自殺
体調悪く、
アタマが過食魔に占領されると、
ついおかしな考えが脳裏をよぎってしまう。
生きる意味って何だろう、とか。
どこに焦点を置いて生きていけばいいだろう、とかとか。
だめだめだめ…
さるきちは首を横に振る。
考えちゃ、だめ。
過食・拒食の症状が酷い時は
悲観的な考えしか浮かばない。
それはやっと、学んだこと。
そんな時は自ら
回路のスイッチを切ってしまへ。
さて、
本書は、タイトル通り、
自殺について書かれた本。
著者は
半ば肯定、半ば否定
という立場から“自殺”を論じている。
非難の声が挙がるのでは、と
危ぶまれるほど切り込んだ論調は、
今までの自殺に対する捉え方が
大きく覆されるかのよう。
また、その内容を
高校で講演したというのだから、
なんて大胆なんだろうと感心してしまう。
「あんたなんか産まなければよかった」
著者はキャバレーで働く母に
そう言い放たれ、
幼き頃から生きることへの不信感を抱き、
死を強く意識するようになった。
そして14歳で自殺を試みるも、
失敗。
世界の隅っこで
ブルブル震えているところを、
誰かが後ろからひょいと押すと、
たちまち外へ出てしまう。
非常に不安定にたっているわけですから、
わずかな力で押されても
もう外へ出てしまう。
本書に引用された岸田秀先生の言葉。
せつないですね。
一方、
自殺は人間的で崇高な行為であるとし、
“自殺するまで生きた”
自殺者の生き方を尊重するという
著者の意見には、
何か超越したモノを感じるし、
未遂で終わってしまった無念さをも
推するのでした。
本書では他にも、
著者の経歴も合わせながら、
いじめによる自殺、
三島由紀夫や太宰治等の自殺による文学の死、
失恋による自己の一部の死、など
自殺の種類について語っており、
また、寺島修司、hide、尾崎豊、伊丹十三など
自殺者の分析を行い
著者の見解を述べています。
さらに、
身近な酒やタバコ、
さるきちに馴染み深い過食や拒食も、
ゆるやかな自殺であると著者は言います。
即ち、
ただ、“生きる” だけでは満足できないヒトたち。
“生きる”ことに
何かしらの意味を見つけ出したい。
“生きたい”のだ。
手に入れたいのだ。
生きてる意義を。生きてる実感を。生きてる喜びを。
だから、何のタグも付加されていない
生活に飽き飽きし、
自分に嫌気がさし、
酒やタバコ、食べモノに依存しては
“死にたい”と願ってしまう。
「生きたいと死にたいは全くイコールなのだ」
剃刀を手首にあて
赤い血を見るたびに、
生きていることを感じる
それと同様に。
他にもですね、
「完全自殺マニュアル」について、
毒薬という抑止力、
セックスと死の関係、などなど
興味深い内容ばかりです。
ひとはその人生において
幾度かの結末を迎え、
そのたびに何かを葬らなければいけません。
自殺者は過去を埋葬できずに、
過去にこころを奪われ、
自滅したひとなのかもしれません。
いつか、さるきちにも
死を迎える時がきます。
それが、
老衰であれ、病気であれ、自殺であれ。
願わくば、等身大の死を、すべての死に―
斬新な一冊だったなあ。
古い本なので、
昨今の著者の意見を聞いてみたいところです。
theme : モノの見方、考え方。
genre : 心と身体



















