「ひきこもり」たい気持ち
この本はまるで、
小説を読んでいるかのような語り口。
カウンセラーである著者の実生活や
友人の話を織り交ぜながら
ひきこもりの実状と回復の過程が描かれています。
季節性うつ病と診断されているさるきち。
パンダ先生から朝日を浴びる ように指導されています。
でもね、
本書のこんな一節に、さるきちは共感もしたのです。
朝は残酷だ。
太陽が昇る朝は、
ヒトが活力に溢れているときこそ、
清々しく感じられる。
だが、ヒトが傷ついているときには
決して優しくないのだ。
それに比べて太陽が沈んでいく夕刻から
夜にかけての時間帯はずっとずっと優しい。
傷ついた人も心穏やかに過ごせる。
朝日は一日の始まりを象徴します。
何かやらねばっ![]()
学校や仕事に行かねばっ![]()
そう駆り立てられる。
頭の中は焦りでいっぱい。
周囲がとやかくおせっかいを妬いたりね。
でも、身体は動かない。
いや、どう動いていいかわからないのだ。
だったら、
太陽なんて拒否してしまえっ
なーんて。
頭から布団かぶってしまいたくなるのよね。
一日を布団の中で過ごすなんてヒトも多いんじゃないかな。
この本でも、7歳から16歳までそんな隠遁生活を送った
ユウカという少女が登場します。
学校はおろか、部屋の外すら極力出ようとせず、
家族も諦めています。
でもね、
そんな彼女もちょっとしたきっかけが機転となり
ゆっくり世界は広がっていくんです。
それは一度も会ったことのない
担任の先生からの一通の手紙。
かっちん、
彼女のココロにスイッチが入ったのね。
本書では他にもひきこもるヒトが
多く紹介されてるのですが、
著者が主張しているのは
「ひきこもり」たい感情は誰にでも存在するということ。
さらにヒトとヒトとの関係性が形骸化している現代においては、
いわゆる部屋に閉じこもる「ひきこもり」ではなく、
気持ちの「ひきこもり」をしているヒトが
多く存在していると危惧しています。
会社に出勤し仕事をフツーにこなしていても、
関心や気持ちが向いていなかったり。
自分のいる空間との一体感を持てなくなっていたり。
そんな誰にでも存在する「ひきこもり」の感情。
自然に従えばよい、と著者はいいます。
動きたくない時は休めばいい。
動き出したくなったら動けばいい。
そして変わっていくきっかけは「出会い」。
でもそれもね、
出会いを求めて躍起になれというんじゃないの。
ユウカだって、転機となった先生との出会いも
「先生に会ってみようかな」
くらいのものだったのよね。
横からすーっと入っていって
相手と並ぶようにする
「出会い」ってそんな感覚だといいます。
さて、
これぞ!というモノが見つからず
宙ぶらりんのさるきちも
ある意味「ひきこもり」なのかも。
さるきちの一番の出会いは
いわずもがな、旦那サマでしょう。
旦那サマがいてくれるので
さるきちはこっちの世界につながっている気がします。
小指の糸が切れたら、
さるきちはぴゅーっと
あっちの世界に飛んでいってしまうのです。
スプートニクのすみれみたいに。。
「ひきこもり」という、
下手すれば重苦しい内容になる
テーマであるにもかかわらず、
優しい語り口と独特の表現で、
とても読みやすい一冊。
著者の人間性も表れていて、
“カウンセラー”が身近に感じられるかもしれません。![]()
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