あおい
「あたしの体は、なんて頼りないのだろう」
思春期の女の子ならきっと、誰しも感じる
ふわふわ浮いてるような不確かな身体の感覚。
少女の身体を失うコトの喪失感、
それから、おとなになるコトの漠然とした不安、
そんなモノがごちゃまぜになってる状態。
三十路を迎えるさるきち。
一般的に云われる“思春期”は
とうに過ぎたのだけど、 うふ。
ココロにインナーチャイルドを抱える身としては
未だ感じ取れる感覚でもあるのよね。
この作品は、西加奈子のデビュー作。
読んでみて、
ふうん
という感じ。
可もなく不可もなく。
さるきちにはちょっぴりモノ足りなくも感じてしまう。
なーんて、酷評しちゃったり。 へへ。
でもね、
主人公さっちゃんが、被ったレイプ。
それに伴う自己破壊の感覚。
さるきち共感できてしまうのが、ツライ。
物語はファミレスから始まる。
カザマ君との何気ない会話と、ホットケーキ。
少しずつ明らかになっていく、
さっちゃんの、ある意味での、自傷行動。
「そう、あたしは馬鹿なんだ。
いつも人の顔色をうかがって、
心の動きに敏感で、
ちっちゃいネズミくらい臆病なくせして、
時々、一瞬の感情の波に、
全てを任せきってしまうことがある。
ただ流れに捨て鉢に身を任せるのではなくて、
なんてゆうか、一度起こった感情の波を、
より大きな波へ変化させるのだ。
何故そうしたいと思うのか、そのきっかけを
忘れてしまうくらいに、恐ろしいほど早くて、
大きく渦を巻いた波」
さるきちの場合は、
その渦に巻き込まれる時って、
過食嘔吐だったり、
鬱だったり、リストカットだったりする。
抗えない力のように思いながら、
実は、自らその身を投じているのだ、きっと。
「すごく理性的な判断をわざとしなくなるのだ。
そうゆうときは、許してほしい、ごめんなさい、
という感情が全く起こらない。
まったく逆で、
こんなことをしてしまうあたしを
どうか許さないでください、と思う。
だってあたしがこんなにも馬鹿なんだもの。
涙を流したお母さんも、優しい友達も、
偶然会った男の子も、誰も悪くない」
誰も悪くない
悪いのは、さるきちなのです。
そうして悪いコトをわざとして、
自分を痛めつけているのだ。
自分を罰しているのだ。
でも一方でね、
ココロの底では叫んでるの。
さるきちは悪くない。
ねぇ、「さるきちは悪くない」って、
誰か、そう、さるきちに言ってくれ!!
さっちゃんは、
処女の身体をキズつけられて
独りがくがくと震えながら、
必死で、自分の身体を抱きしめてた。
「あたしの体は、なんて頼りないのだろう。
あたしがここにいることを、
自分の体を抱きしめて座り込んでいることを、
誰かに気付いてほしかった。
何も言ってくれなくていいから、
ただ、あたしがここにいることを知ってほしかった。
気が違ったみたいに、
世界中の人に愛されたいと思った。
あたしは、生きてるんだ」
人生には、いろんな出来事が起きる。
それらがその後の、そのヒトの生き方に
何らかの影響を及ぼし、
プラスに働くコトもあれば、
ひどく苦しめる要因にもなるのだろう。
女の子が“男性”を知るコトも
人生の中の一つの経験。
それってね、もちろん、
すっごく大好きなヒトと、
すっごくロマンチックな場所で、
すっごく素敵なセックス
だったら、幸せなコトなんだろうけど、
でも、それにしたって
痛みや流血を伴うモノ。
ある意味、
それまでの古い身体を破壊する行為であると思うのよね。
そして、悲しいコトに、それが、
レイプという暴力的な方法でなされるのは、
女性の身体は受動的な構造なんだ、って
簡単に壊れてしまうものなんだ、って
それに伴って、
ココロも壊れてしまうものなんだ、って
理解するのに易しいのかもしれない。
だから、レイプを扱う小説やドラマが
共感を得て、人気を博するのかもしれない。
なーんて。
あ。誤解されると困るので、
補足すると、
レイプはあっちゃいけないコトですよ。
簡単に扱ってほしくない、とも思ってます。
さっちゃんはね、
何を思い立ったか、
長野県の山奥に行くんだよね。
足に血マメを作りながらも。
そして、その中で、
自らを許し、癒され
大切な存在に気づくのです。
さるきちもね、
その長野に負けないくらいの
田舎村に行きます。
さるきちも、十数年の時を経てやっと、
レイプが落としたココロの影を見つめようとしているの。
自分と向き合い、
ココロの傷を修復しようとしているの。
パンダ先生が、言ってくれた。
「さるきちくんは、悪くない」
その言葉をかみしめて、
今度は、大地を踏みしめるのだ。
未来の幸せのために、
自分の力で、歩いていけるように。
・・・そしてちゃんと福岡に帰ってこれますように。。ハハ。














